小さなおかみ通信

下町でいわゆる"まちづくり"なるものに片足つっこんでいる毎日

「まちづくり」「コミュニティ」を画像検索してみた。

ふと思い立ち、「まちづくり」を画像検索してみた。

 

複数人が会議室で話している画像がたくさん出てくる。あとはイラスト。実際のまちはなんにもでてこない・・・!見事なまでに。

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「コミュニティ」に関しても以下同文。(ちなみに「コミュニティデザイン」にすると文字ばっかりになる笑 わはは、すごいなー!) 顔、見えてないよ・・・コミュニティなのに・・・。

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まさに事件は会議室で起きてるんじゃ的なセリフ的なあれやん!

 

・・・とはいえ、フォローではないけれど、「コミュニティ」や「まち」という言葉と静止画は相性が悪い、と思う。

いつだってライブ。点と点が繋がる瞬間は、実にアーカイブしにくい。そして当事者であればあるほど、それがまちをつくっているとか、コミュニティの中にいる!という自覚が少ない。小さな小さな喜びが、偶然の出逢いが、"なにかの結果"として芽ぶくまでは時間がかかる。


何が言いたいかというと。


だからこそちゃんと、残していこうと思った。

椎名町で起きること。要町で笑ったこと。
なんというか、そういうブログにします!という宣言でした。

モロ・ノ・ブラジルのようなブレイクポイント

eiga.com

 

きょうのゲストさんはこちらの映画にご縁があるそうな。

観てみたいなぁ。

探しにいくんじゃなくって、来てくれる出逢いがあるというのは、宿やカフェの特権。

 

そんな方と仕事においてなにかブレイクポイントはありましたか?という話題で盛り上がる。この方のモロ・ノ・ブラジルにまつわるブレイクポイントエピソードはそれこそ鳥肌ものでした。

 

よく考えると、カフェやお宿といった、日々一定のテンション・クオリティを求められる業務に、ブレイクポイントは、むしろつくっちゃいけない、と考えている自分に気づく。

 

その場においての盛り上がり、と、なにか成果が出た!

という場面は違うような。

 

とはいえなにか"仕事"において、そういう、

「よっしゃああああああーーーーーー!!!」

みたいな瞬間を生み出してみたい。とも思っている。

 

学生のとき、2泊4日のバスツアーを出したときは明確にそんな感じだった。

区切りがあるものだと、また違うんだろうな。

 

なきゃいけないものでもないんだろうが、

あったらいいもの、モチベーションを保つために必要なもの。

手の動くまま

久留米に行ってきました。

そしてまさかのトークイベントのゲストとしてお呼ばれしてしまいました。

イベント内容はさておき、その会場であるアパートがとってもよかったお話です。

 

当日まで何も知らずにアテンドされたイベント会場は「マチとつながるアパートメント」 H&A Apartmentの1室。イベントスペースとして運営しているお部屋でした、他の 1階のお部屋はゲストルームだったりパン屋さん募集中だったりする、まさに実験真っ最中!なところ。

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そんなアパートの中もバラエティ豊かなのですが、特筆すべきは"外"である家庭菜園と広場。

 

広場はこんな感じ。

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ルールは、設けないというより、なにかあったら考えようというスタンスだそうです。住人じゃなくっても入れます。

 

菜園も同じくアパートの住人以外も利用可能。この話、へえ〜って普通に聞いてしまったのですが、東京に帰ってご近所のお母さんにしたところ、「それ、なるほど!って思ったんだよね。なかなかないんじゃない?」とコメントいただきました。よく考えたらそうですよね。

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そんな2つのアパートの「外側」からコミュニティができてゆく。ひとに拠るのでなく、囲いこむのでもなく。出来てからすでに5・6年経つという菜園と広場で、”場”のあるべき姿のひとつを見ました。

 

駅前だし、駐車場にしたほうがいいよ!とはなんども言われたそうです。それでも、こっちの方が、場の価値が高まる。(実際、家賃を高く出来たのだとか。)その選択を大家さんにされたこのアパートは幸せだろうな。

 

固定された"場"に携わるものとして、日々考えることのひとつが、この場所の主語はだれなんだろう、ということ。それって、お客さんでも、働くひとでも、大家さんでも、だれでもいいと思うんです。

店主のキャラがばっきばきに出ているカフェも気持ちいいし、スタッフがきらきらしている宿も心地よい。大家さんがみんなをひっぱるアパートも、いくつか見てきた。

場づくりの主語はお客さまじゃなくっていいと思う。

でも、明確にあるのとないのとでは全く違う。

半田さんたちは、"僕たちは、これがいいと思ったから、そうした"みたいな感覚で、ここを作ってるんじゃないかなぁ。なんというか、ちゃんと理屈も理由もあるのだけれど、手の動くまま。(…と感じました。ほんとはいろいろあると思いますが!)

 

H&A Apartmentにあるものは、誰かを疲れさせるものじゃない。

ひとことでいうとそんな場所でした。